EBPが世に現れて四半世紀(1990年頃からと言われています)が経ちますが、臨床でもエビデンスという言葉をスタンダードに使っているといっても言い過ぎではないでしょう。
この状況は、「医療を受ける患者や家族のために、質と安全を保証する」ことを目的にしているEBPにとって望ましいことなのかもしれません。

一方で、「エビデンス」がひとり歩きしているとも言える現状があることも確かです。

従来のEBPで扱われる「evidence」の多くは、実験研究(RCT)という厳密な比較をした上で効果があるものとして「間違いが少ないこと」を基にしている事実のことです。
決して、「この病気の人には、こうすると良くなる」なんてことを言っているわけではありません。

ちなみに現在は(昔から?)EBPは、写真のような考え方であると言われています。

つまり、
エビデンスは「その内容の解釈・患者を中心にした考え・臨床家の経験」をベースにして、初めて意味をなすものなのだということです。

ここで、あるある話を…

日勤リーダーをしていたヒラタ君は、機能障害を予防するために、ICUに入室しているAさんの離床を進めたいと思っています。
その日、Aさんは血行動態が不安定であったので、受け持ち看護師のツジムラさんは、無理に離床はしなくても良いのでは…と思っています。
朝のカンファレンスで、その日のケアをどうするか話し合っていたとき、ヒラタ君が言いました。
「Aさんをずっと寝かせてたら、筋力が低下してしまう。せん妄だって起こすかもしれないし、呼吸器の合併症も怖いよね。お腹の動きだって悪くなるし、今日はなんとかして車椅子に乗せましょう!」
ツジムラさんは、大丈夫かな…と不安気な表情です。
そんなツジムラさんの顔をみて、畳み掛けるようにヒラタ君が言いました。
「エビデンスがあるんだから!早期離床は大切でしょ!」
もはや、ツジムラさんは何も言えません…。
そして、ツジムラさんの傍には、気管チューブで口を塞がれたAさんが寝かされていました…。

これは、「エビデンスのひとり歩き」がもたらした悲惨な一例です。

その患者さんの疾患は、早期離床をして本当に効果があるのでしょうか?
その目標は、その患者さんに合っているのでしょうか?
早期離床をすることで、本当にせん妄が予防できるのでしょうか?
ヒラタ君が知っている「エビンデンス」は、その患者さんの ″今の状態″ にマッチしているのでしょうか?
ツジムラさんの「経験からくる懸念(第六感)」は、無視されても良いのでしょうか?

やはり、エビデンスのひとり歩きには「解釈不足」以外にも原因がありそうです…。

解釈不足も、もちろん大きな問題なのですが、そのことはまた改めて…。

皆さんは、エビデンスをどのように捉えてますか?

ebp

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