【コラム69:ディスクーリングってなんだ?】

ディスクーリング= De Schoolingとは、イリッチやライマーなどのディスクーラー(脱学校論者)が唱えたものです。直訳だと、「脱学校」でしょうか。

簡単に言うと、ディスクーリングとはスクーリング中心の教育形態の脱却を指しています。スクーリングは学校における教育の一形態にすぎないため、イリッチが無くそうとしているのは、「特定の年齢層を対象として、履修を義務づけた教育課程へのフルタイムの出席を要求すること」です。

イリッチはまた、「学校」の外での学習の重要さを指摘しつつ、「われわれが知っていることの大部分は、われわれが学校の外で学習したものである。生徒は教師がいなくても、むしろ教師がいるときでさえも、大部分の学習を独力で行うのである。」「誰もが、学校の外で、いかに生きるべきかを学習する。われわれは、教師の介入なしに、話すこと、考えること、愛すること、感じること、遊ぶこと、政治に関わること、および働くことを学習するのである」と述べています。これって、皆さんも腑に落ちるのではないでしょうか?とても共感できる言葉ですね。

学校中心の教育観が疑問視され、学校卒業後の社会での教育、つまり社会教育も非常に重要であるという考え方が浸透してきています。社会がアイデンティティを確立するための挑戦の機会を提供し、個人が学習機会を選択して学び、社会が評価する姿勢が必要です。社会も、個人も、今後は責任をとる力(Taking responsibility)がキーワードとなります。

皆さんは、この「ディスクーリング」に触れて、何を思いますか?

参考文献

新井郁男(1994). 学校社会学,樹村房

新井郁男 (2016) . 教育経営の理論と実際, 教育出版

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