【コラム108 輸液シリーズ④:サードスペースの存在は神話だった…?】

 前回のお話(https://www.facebook.com/kansai.ccc/posts/3018127744882554)は、「晶質液はガツーンとたくさん入れるほど、循環にはよろしくないかもしれない」というお話でした。

今回は、この問題について違った側面から考えてみます。「術後3日目までは…」と呪文のように聞く話。サードスペースについてです。 

 従来、手術などの高度な侵襲を受けたヒトは、侵襲によって形成された炎症性浮腫部分が血漿とは交通しない“非機能的細胞外液”を形成するという考え方が定説でした。これがいわゆる、「サードスペース問題」です。

 「血管に確実に入れたのに、どこにいったのか分からない水」のせいで、侵襲を受けたヒトは循環が落ち着かないんだよ…なんて、ムリゲーな考え方を頭の中で必死に正当化し、われわれは理解していたのです。

 そして、侵襲による炎症が落ち着くまでの間(概ね72時間)は、細胞外液が減少し続けるので循環血液量が相対的に減少する(hypovolemiaが起こる)。だから、「足らない細胞外液を補充するんだ!」と晶質液を入れ続けてきたわけです。

蛇口から出た水がどこかに消えて、一定時間が経過したら急に排水溝を溢れさせるほどの水が現れるなんて現象に出会したことがありますか…?

この謎のスペースについて地道に研究を続けられた先生方のおかげで、サードスペースの本性が少しずつ明らかになってきました。

いまのところは、どうやらサードスペースは細胞間質(のなか)にあるらしい。…というか、「サードスペースなんて無いんじゃね?」ということが分かってきたのです(サードスペースの「サ」じゃなく、ヤサイの「サ」だった)。

 細胞間質は、ヒアルロン酸やコラーゲン繊維などの高分子が網目状に絡み合ったゲル状構造を呈しています。侵襲時には、このヒアルロン酸が大量に産生されることによって細胞間質の膠質浸透圧が上昇します。その結果、細胞間隙のゲル状構造は能動的に膨らむことによって、血管内から細胞間質に水が引き込まれます。…ここで、「ゲル状構造が膨らむ」と言われても…という方は、シリカゲル(おむつの中にある素材)が水を含むと膨らむっていうのをイメージすると想像しやすいかもしれません。

 細胞間質に引き込まれた水は、ネバネバの水に変化して細胞間質内を自由に移動することができなくなります。細胞間質のなかは、侵襲が大きければ大きいほどネバネバしますし、水を引き込み続けます。こんなとき、血管の透過性亢進が起こると、血管の中から細胞間質へと水が引き込まれ続けることは容易に想像できると思います(「イ」→「サ」と水が流れ込む)。こうして、侵襲時には血管内脱水:hypovolemiaが起こるわけです。

 こんなとき、血管の中の水が無くなったからといって、血管膜を透過する晶質液を投与してしまうと、入れれば入れるだけ細胞間質のネバネバに引き込まれてしまいます。つまり、侵襲時は、「サ」が大きくなって、「イ」が小さくなるんです(もはや、8:3:1の割合ではなくなるのですが…)。

 細胞間質のネバネバ構造は、侵襲によって増加したヒアルロン酸などが元になっているので、侵襲が治ればヒアルロン酸なども減ります。つまり、細胞間質がネバネバではいなくなるので、細胞間質に溜まった水は、血管内にドバーッと放出されます。こうなったら、血管の中は大洪水。急いで排出しなくちゃならないから、腎臓(排水溝)でおしっことして外に出すわけです。とはいえ、この排水溝の処理能力だって限界があります。あまりにも大量の水が流れ込めば、溢れ出るのは当たり前のことですね(肺水腫だったり、全身の浮腫だったり…)。

 かくして、侵襲が強い時期に細胞外液の減少(血管内脱水)が起こるからといって、晶質液を入れれば入れるほど脱水はなかなか治らないよ〜!だから、侵襲時は晶質液の使い方に気をつけましょうね…。ガツーンと入れるなんてとんでもない!という考え方になるわけです。

 侵襲時には晶質液が使いにくいのであれば、どうすればよいのか…。そのあたりの話は、次回につづく…。

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