【コラム150:クリティカルケア場面に潜む倫理的問題−倫理と道徳編−】

 4月になり新生活が始まっている方々も多いかと思います。本日4月1日はエイプリルフールですね。日本語では直訳で「四月馬鹿」なんて呼ばれることもあります。一般的には毎年4月1日には嘘をついても良いという風習が定着しており、その起源は諸説ありますが、いつどこではじまったかは不明と言われています。

 さて、皆さんは嘘をついたことはありますか?一般的には嘘をつくことは悪いこととされています。しかし、全てがそうでしょうか?

ここで、ある場面を思い浮かべて見てください。

あなたはERに勤務する看護師です。転倒して救急搬送された高齢患者をあなたが担当したとします。

画像検査の結果、腰椎圧迫骨折と診断されました。しかし、肺がん・骨転移の所見もあり、今回の骨折も病的骨折の可能性も否定できないと救急医は診断しました。救急医がそのことを家族に伝えると、「本人は心配性で自分ががんと知ったら落ち込んで寝たきりになってしまう。どうか、本人には転倒したことによる腰椎圧迫骨折だと伝えてほしい。」と頼まれました。さて、あなたは自分の身体を心配している高齢患者に何と説明しますか?

 これを読まれている皆さんの大半が「最善の行動はどうあるべきか」といった、看護倫理によって解決しようとしているのではないでしょうか。ここで、倫理を知る上でよく語られる、「倫理」と「道徳」の違いについてお話ししたいと思います。「道徳」は個人や家族などの小集団のとるべき態度や心の持ち方、「倫理」は個々人の関係から社会に至るまで、より広範に用いられ普遍性を持つと言われています。例えば、私たちは多くの場合、日常生活で「真実を伝える」ことは道徳的に正しい行為であると考えています。しかし、看護師は医療現場という集団内において「真実を伝える」ことが常に正しい行為であると考えているでしょうか。真実を伝えることによって相手に危害を与えてしまう可能性がある場合は、道徳的な行為は必ずしも常に正しいとは限らないのです。

 このように、医療現場で看護師が直面する様々な倫理的問題は「道徳」が解決してくれるものではなく、「その時、その人、その場面において、どのような行為が最善であるか」という「倫理」によってしか解決することができないことがわかると思います。

 倫理理論には、義務論と功利主義理論があります。

 ■義務論:他の個人に対する我々の基本的義務である「・・・すべき」「・・・であるべき」を示し、「嘘をついてはならない」「ごまかしてはならない」と命じています。

 ■功利主義理論:行為の結果に基づいて、行為を倫理的に正当化するもので、「嘘やごまかしによって、よりよい結果が得られるのであれば、嘘は正当化される」ということを意味しますが、「何がよい結果なのか」ということが常に問題となります。

 どちらの理論に基づき行動するのかは、ケースごと、病気の状態、本人や家族の意向・周囲の状況などを考慮しバランスのとれた倫理的判断を行う必要があります。

ちなみに、このERでの一場面はいわゆるインフォームド・コンセントの場面になると思います。医療におけるインフォームド・コンセントは、①自律尊重、②善行、③無害という3つの倫理原則に支えられています。

■自律尊重の原則:

自律的な患者の意思決定を尊重することです。その治療を受けるのか、受けないのか、患者は自らの意思によって決定します。医療従事者は、この患者の意思決定を助け、患者の下した決定に従う必要があります。

 

■善行の原則:

患者に利益をもたらすことです。患者にとっての利益とは、健康の増進、疾病の予防、病気の治癒、苦痛の除去、延命、QOL向上などです。医療従事者は、このような様々な患者の利益を考慮する必要があります。

■無害の原則:

患者に危害を及ぼさないことです。患者にとっての最悪の危害は、意図的あるいは過失に基づく死だといえます。また、医療行為に伴って苦痛や不快が引き起こされたり、能力が奪われたりすることも危害であるといえます。医療従事者は、十分に注意を払って患者への危害を回避する必要があります。

 最後に、嘘をつくことについて、法的な視点でみてみましょう。もし、嘘をついてその人に財物(金銭等)や労力を拠出させると、刑法上の詐欺(刑法246条)となります。また、特殊な場面(例えば、裁判・国会で証人として証言する)では、嘘をつくことだけでなく、本当のことを言わないことも処罰されることとなります(刑法169条)。しかし、医療の場では嘘をつくことは許されないことだという感覚が少し低いような気がします。医療の視点は、専ら適切な医療を施すため、あるいは嘘を言うことで患者の精神的な安定を図るという理由から情報を開示しないという歴史を持っていました。つまり、「嘘をつくなかれ」「患者に情報を開示する(インフォームド・コンセント)」は、これまで十分になされていなかったと言えます。

 以上のことを踏まえて、このERを受診した高齢患者・家族に対するアプローチを考えてみます。一例としては、家族と十分にコミュニケーションを取りながら「思いや価値観を理解し尊重する」ということが大切になってきます。しかし、最も大切になってくるのは患者本人の思いや価値観だと言えます。可能な限り患者本人とコミュニケーションを取りながら、患者の価値観や信念などを直接本人から聞いて・感じて、理解してみてはどうでしょうか。その上で、患者・家族が話し合える場を調整してみるという方法もあります。ここから、自律尊重の原則について考え、解決できるヒントとなるかと思います。

 さらに、患者に嘘をつく場合、つかない場合の善行や無害の原則についても考えてみる必要があります。私が考えるポイントは、患者の苦痛を除去することにあると考えます。苦痛というと身体的苦痛に注目しがちですが、精神的苦痛や社会的苦痛、霊的苦痛などの全人的苦痛に対して配慮する必要があると考えます。その上で患者に危害を及ぼさないような方法を考えます。もちろん、自分一人ではなくて同僚看護師や医師、薬剤師、放射線技師など多職種と情報共有を行い、話し合ってみることで患者・家族を中心とした倫理的問題解決への一助となると考えます。

 いかがでしたでしょうか?今回は、「嘘」を中心として倫理と道徳についてお話しさせていただきました。時には正当化される嘘もあるかもしれませんが、常に倫理的問題が潜んでいることを忘れずに日々の臨床実践を行なっていきたいものです。皆さんも臨床で「嘘」によって倫理的ジレンマを感じたことはありますか?

文献

江川幸二,山勢博彰(2013):看護のためのクリティカルケア場面の問題解決ガイド,東京,株式会社三輪書店

箕岡真子,稲葉一人(2011):わかりやすい倫理,東京,株式会社ワールドプランニング

日本集中治療医学会(2018):ELNEC-J クリティカルケアカリキュラム指導者ガイド,東京,集中治療医学会



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