<コラム156:令和と昭和の呼吸療法>

 本日4月29日は「昭和の日」です。この昭和の日ですが、昭和時代には「天皇誕生日」、後に「みどりの日」と呼ばれていました。4月29日はもともと昭和天皇の誕生日であり、日本ではその時代の天皇の誕生日を「天長節(てんちょうせつ)」と呼び、祝日としています。しかし、昭和の時代から平成の時代へ変わった時、新しい天皇の誕生日である12月23日が「天皇誕生日」の祝日に変わりました。そこで、昭和天皇が自然を愛していたことから、4月29日が「みどりの日」と定められました。その後、2007年に改正された祝日法で、4月29日を「昭和の日」に、「みどりの日」を5月4日に移動することが定められました。

 さて、全世界でCOVID-19による感染者数が増加する昨今、このコラムを読まれている皆様は日々臨床での実践に当られているかと思います。今回のCOVID-19によりメディアなどでも取り上げられ注目を浴びているのがECMO(Extracorporeal Membrane Oxygenation)です。ECMOの歴史は意外と古く、1953年にGibbonにより人工心肺を用いた開心術が初めて行われました。その後、様々な改良が重ねられ2000年代に入ると模型人工肺や回路、カニューレなどのデバイスの性能が向上し、ECMO治療の安全性が認められるようになり、次第にECMOの治療成績も向上していきました。そして、2009年には世界的なパンデミックに陥ったH1N1インフルエンザAによる重症呼吸不全患者へのECMO治療が救命に功を奏したことや、PeekらのCESAR trialの結果の影響を受けて、再びECMO治療への関心が高まることとなりました。

 このように、最先端の呼吸療法は日々進化しているとも言えます。ここで、本日のコラムのタイトルにもあるように、昭和の時代の呼吸療法についての歴史を紐解いてみましょう。時は1929年(昭和4年)に遡ります。人類初の人工呼吸器であるタンクベンチレータ=「鉄の肺」がアメリカで誕生しました。その原理は現在の人工呼吸器では考えられないものでした。現在の一般的な人工呼吸器と言えば、気管内挿管を行い人工呼吸器に接続し陽圧換気を行うといった原理です。一方、鉄の肺による人工呼吸は逆の発想とも言える原理となっていました。鉄の肺と呼ばれるドラム缶のような大きな金属製の機械の中に、患者は頭だけを出すようにして入ります。そして、機械の中を陰圧にすることで胸郭を拡張させることにより吸気を行うといった原理となります。その後、1953年(昭和28年)に手動式陽圧人工呼吸装置がデンマークでIbsenらによって開発され、現在に至ります。

 以上が、世界における呼吸療法の歴史の一部となりますが、今度は昭和の日本に注目してみましょう。1975年(昭和50年)に青柳によりパルスオキシメーターが開発されました。それ以前は、血液中の酸素飽和度を測定するためには動脈血を採取し分析する必要がありました。ましてや、刻一刻と変化する体内の酸素飽和度を常に把握するには、最低でも1分おきに動脈血を採取する必要が出てきます。これでは、患者も医療スタッフも大変です。ここで登場したのが、パルスオキシメーターです。血液中の酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンが吸収する光の違いを数値化し、リアルタイムで表示することができるといった優れものでした。今では、皆さんも毎日使用しているのではないでしょうか。

 今回は、令和と昭和の呼吸療法についてお話ししました。令和の現代における呼吸療法があるのも、日本における昭和の時代に世界中の研究者や臨床家が、試行錯誤を繰り返しながら呼吸療法の歴史を築き上げていったおかげと言っても過言ではないのかもしれません。皆さんも、令和と昭和の看護について何か知っていることがありますか?

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